浜っ子道場104「横浜人形の家」
2月9日〜3月9日まで、横浜人形の家では「第20回館蔵ひな人形展」が
開催されています。毎年恒例のイベントですが、今年も人形の家に所蔵されている、
「雛人形・雛道具」から約500点を展示し、この期間にしか見ることのできない、
貴重なひな人形が多数展示しされています。
横浜人形の家は、昭和53年。日本初の女性海外添乗員であった故大野英子さんが
集めた76ヶ国、1938体の世界の人形コレクションを、ご家族が市に寄贈された
ことから始まります。初めは産貿センター9階で公開されていたものが、手狭となり、
昭和61年に独立。開館当初、92ヶ国3149点となったコレクションも、
現在では140ヶ国、133663点(平成18年3月現在)になりました。
その中で、日本の人形8048点。世界の人形は、5615点にのぼるそうです。
中でも横浜らしいのは、「親善人形」を所蔵していること。
親善人形とは、異文化の理解を主な目的に、人形を媒体として行われた、
国と国との交流の主人公になった人形のこと。
親善人形交流として最も早い時期に大きな規模で行われたものに、
昭和2年(1927)に日米間で取り交わされた、「青い目の人形」(友情人形)と
お返しの「答礼人形」との物語があります。その年春、雛祭りに間に合うようにと
アメリカの子どもたちから日本の子どもたちへ、約12000体の友情人形が
送られてきました。この人形計画は、当時日米関係の悪化を憂えた親日家
「ギューリック博士」の提唱により、次代を担う子ども世代の中に、
国際親善の精神を築こうと、全米の子どもたちに呼び掛け実行されたものです。
日本側では渋沢栄一が、外務省・文部省に働きかけ、受入れ準備が進められたそうです。
船で運ばれてきた人形の多くは、横浜の港から上陸し、全国の小学校、幼稚園に配布され、
大正10(1921)年に発表された野口雨情作詞の童謡「青い眼のお人形」
の流行とも重なり、「青い目の人形」の名で親しまれました。
今年で開館20周年を迎える横浜人形の家は、平成18年6月1日から、
石坂浩二理事長が館長に就任し、リニューアルオープン。プロデューサーは、
おなじみの、北原照久さんが就任。これからもとても楽しみな観光観光施設。
世界と日本とをつなぐ親善大使である人形達にたくさん、出会えますよ。
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