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浜っ子道場147「コットンハーバー」

12月1日にみなとみらい地区から、神奈川区の横浜市中央卸売市場を通り、
高層マンションが立ち並ぶコットンハーバー地区、瑞穂地区が結ぶ
臨港幹線道路、約1.2kmが開通しました。
すでに開通している赤レンガ倉庫前の新港地区から合わせて約3.2kmが結ばれ、
臨港部の交通がさらに便利になりました。
この開通に合わせ、新設された3つの橋の名前が市民の投票によって決まり、
703通の投票によって、「瑞穂大橋」、「コットン大橋」、
「みなとみらい橋」となったのだそうです。「コットン大橋」からは、
みなとみらい地区を一望できるのだそうですよ。

さて、コットンハーバーとは、山内ふ頭周辺地区の土地区画整理事業の一環で
生まれた地域で、住宅としてマンションが建設されているほか、
温泉施設やレストラン、ブライダル施設なども作られています。
コットンハーバーのある橋本町は、埋め立て地で、
その埋め立て工事を行った橋本某から、町名が名付けられています。
そこがなぜ、コットンハーバーと呼ばれるようになったのかというと、
橋本町より、内陸の神奈川区神奈川一丁目付近は、ここも埋め立て地で、
綿花倉庫があったため、かつて綿花町と呼ばれていました。
その綿花町にちなみ名付けられたのだそうです。
綿花町の先だからコットンハーバーということなのでしょうか。

横浜港は、生糸とお茶の輸出港として有名ですが、入ってくるものもありました。
明治初期まで、輸入では大消費地東京の輸入港としての性格が濃く、
綿織物や綿糸、砂糖、鉄鋼、機械など数多くの品目があったのだそうです。
その歴史をかいま見ることができる建物が、「ZAIM」(ザイム)です。
この建物は、日本大通り、横浜公園の横にあり、関西建築界の重鎮渡辺節の設計で
昭和3年に日本綿花(現在のニチメン)の横浜支店として建設されました。
土地柄もあり、横浜支店では主に生糸が取り扱われていたのだそうですが、
日本綿花は綿花の直輸入を目的として設立された会社です。
建物は、戦後接収され、昭和34年に接収解除後、大蔵省関東財務局が使用し、
平成17年、横浜トリエンナーレの事務局として使用されて以降、
横浜独自の「シティアート」を発信していく拠点として、
人々が集い、交流する場ということで、「座」。
若手アーティストやNPOなどの活動を支援するための
環境整備の「中間支援」機能ということで
「intermediary=IM」ということからザイムと名付けられたのだそうですよ。

綿花の輸入港というイメージはあまり強くない横浜ですが、
町や建物に残る名前から、その足跡をみることができます。

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