浜っ子道場172「磯子菖蒲園」
花菖蒲の季節ですね。横浜では、緑区の「県立四季の森公園」で、
約4500株咲き、三溪園では、約30種500株の花菖蒲が咲きます。
その昔、三渓園では、大池の所に10間四方の碁盤目に
菖蒲田を作っていたのだそうです。
その株数は、10万株、96種類。これは磯子の有名な菖蒲園から移したもので、
潮風などでよく育たなかったので、全部あげてしまったのだそうです。
とても大きな規模なものだったのですね。
さて、磯子の有名な菖蒲園とは、現在はないものなのですが、
どこにあったのでしょうか。
磯子区史には、「山川トンネル跡から 100mばかりで右側に染谷家があります。
このあたりを中心にして山裾のかまくら道との間の細い地は、
磯子菖蒲園があった所です。6反歩(6000㎡)ぐらいの地で、
横浜植木会社が経営していました。」とあるのだそうです。
磯子駅からも近い所のようですが、ここにあった菖蒲園は、
「磯子間坂のアイリスガーデン、磯子菖蒲園」といわれ、
百合根などを輸出していた横浜植木株式会社が、
明治30年から36年までの6年間、アメリカの防疫体制や、
優良苗需要の答えるために直営の菖蒲園を開園したもので、
輸出用の菖蒲や百合をうえ、品種改良をしたのだそうです。
磯子菖蒲園は、季節には一面花菖蒲が咲き、横浜の名所となり、
居留地の外国人も馬車で訪れるほどのものだったのだそうですよ。
着物姿の人たちが、菖蒲をみているという、
その当時の彩色写真も、開港記念会館に残されています。
その後磯子菖蒲園は、海外の増加する需要に答えるため、
蒲田に移し、蒲田菖蒲園は、大正10年まで続いたそうですよ。
横浜では現在少ない菖蒲園ですが、
明治時代に、日本の花として輸出され、外国でも人気があったという花菖蒲。
そのお花を生産していた横浜植木株式会社は、現在は、主に野菜の種や、
造園を手がけ、その昔はワシントンに桜を輸出したこともあるとか。
花で日本と外国とをつないでいるのですね。そして
磯子菖蒲園は、それを支え、横浜の人々を楽しませる存在だったのですね。
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