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浜っ子道場204「アメリカン・アンカレッジ 」

横浜にはなかったペリー縁の地の石碑が誕生しました。

それが2月3日、横浜市が八景島島内に設置し除幕式が行われた
「アメリカン・アンカレッジ記念碑」です。
これは、2008年の金沢区制60周年、2009年の開港150周年に際して、
金沢区民の皆さんから寄せられた、記念事業のアイデアの中に記念碑の設置案があり、
金沢区にまつわる史実を広く多くの人々に知ってもらい、
日米交流の精神を未来につなげることを
目的に、記念碑を設置することになったのだそうです。

「アメリカン・アンカレッジ」とは、ペリー提督らが、
幕末、来航した際に停泊した小柴沖をそう名付けたことにちなんだ呼び名だそうです。
記念碑は、アメリカン・アンカレッジ(碇泊地)を一望できる横浜八景島内の
八景島客船ターミナルの側にあるパーゴラ(シンボルタワー)内に設置されました。

記念碑の銘板は左右に分かれていて、左半分はペリー艦隊碇泊地という表示と
旗艦サスケハナ号の絵、右半分にはペリーがのちに「ペリー提督日本遠征記」に
「絵のように美しい…心地よき眺め」書いた来日時の海岸線と現在の海岸線、
ペリー艦隊が碇泊したと記録されている海域を示す地図が載っています。

「ペリー提督日本遠征記」よると、最初に来航した1853年(嘉永6)。
アメリカ東インド艦隊が浦賀沖に到着し、幕府に久里浜上陸を許可され、
大統領の親書等を渡した後、その午後には浦賀を出て、小柴沖に碇泊しています。
そしてその翌朝には、平潟湾を測量調査し、平潟湾周辺の住民と交流をしています。
ペリーは初めて交流をもった横浜市民は、金沢区民だったわけですね。

また、翌年の2度目の来航の時も、小柴沖に碇泊し、その後、横浜村に上陸。
日米和親条約(神奈川条約)を締結しています。
また、「ハリス日本滞在記」よると、ハリスが1858年(安政5)に来航した際に、
小柴沖に停泊したポーハタン号上で、日米修好通商条約が締結されています。
小柴沖。アメリカン・アンカレッジは、重要な歴史の舞台だった訳ですね。

さて、新たな記念碑設置場所となった八景島シーパラダイスでは、
記念碑周辺に花を彩り、マリンベルを設置し、
「アメリカン・アンカレッジ記念碑誕生記念・
横浜市民優待ワンデーパス」を発売していますよ。
横浜市に在住・在学・在勤の人を対象に、限定割引価格にした3/31まで利用できる
期間限定チケットで、水族館とプレジャーランドのパスがセットになったワンデーパス。
ペリーが絶賛した風景をみながら、遊ぶ事ができますよ…。

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